訪問看護師あまちゅう

頑張りすぎず、頑張りたい。あまちゅうの映えない日常をお届けします。

おばあちゃんがなくなった。

祖母、享年88歳

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5月7日、我が家は新しいマンションに引っ越した。

5月6日、入院中の祖母と面会できた(コロナ禍で面会できず、数ヶ月ぶりだった)

容態が一進一退でありいつ急変してもおかしくない状態であるが、このまま病院で最期を迎えるならいっそ家に連れて帰ろう。そんな風な話し合いを先生と家族と行っていた。

祖母はずっと家に帰りたいと言っていた。

だから、せめて最期は家で過ごせたらと。そう思った。

久しぶりに会った祖母は、全身むくみ、痩せこけ(点滴治療中)綺麗だった祖母が別人のようだった。驚いた。悲しくもなった。とても辛そうだったから。

少し話ができた。言葉を発する元気はなかったけど、声掛けの理解はできた。

「おばあちゃん、家にかえろう」と。あまり、反応はなかった。

あと、色々声をかけた。でも、あんまり声をかけてもしんどいかなと最低限にして。

最後に「おばあちゃん、明日引っ越すよ。またくるね」と言ってお別れした。

家が決まった時、入院中だったけど、まだ元気で話ができた祖母に電話で報告した。

「そう、家見つかったんやね、良かったね。」と。

5月8日 翌日、祖母は他界した。

私はおばあちゃんっ子だった。

両親が共働きで仕事が朝早かったり、帰ってくるのも遅いことが多くて、小学生になる前に家で商売をしていた父方の祖父母と2世帯で同居を始めた。

学校から帰ってくると、「ただいま〜」とおじいちゃんおばあちゃんに言って、美味しいお菓子を食べさせてもらう。それが当たり前の日常で今思うと贅沢だったな〜と。

両親が仕事で遅い時は一緒に晩ごはんを食べて。おばあちゃんの作る手料理は本当に美味しかった。なんだか、特別な味がした。

両親と喧嘩した時はおじいちゃんおばあちゃんのいる1階に降りて、そこで過ごした。その距離感がなんとも居心地が良くて、よくそこにいた。

なにより、優しかった。

悪戯好きでやんちゃだった私、おじいちゃんには時々怒られたけど、優しかった。

振り返って、思い出すのは、おじいちゃんおばあちゃんの優しさだった。

そういう環境で育った私は、今でもお年寄りと接することが好きだ。

なんだか、おじいちゃんおあばちゃんと話していると、ふと懐かしく昔を思い出す。

訪問看護師になって、そういう機会が増えてさらに実感している。

おじいちゃんは13年前に、私が看護師1年目のときに他界した。

「看護師、がんばれよ」それが最期の一言でなくなった。泣いた。

 

おじいちゃん、おばあちゃん。

優しく育ててくれて、ありがとう。

天国で見守っていてね。立派な母、看護師になるね。

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